田中一村さんとの邂逅


最近、とある先生がこうおっしゃっていました。
「田中一村さんは優れた画家だったが、生前に売れた絵は数枚ほど。それは他人との交流が少なかったためだと思う。人との交流を大切にしましょう。」

これはこれで正しいところもあると思いますが、自分の考えは少し違います。
『売ることのみに最終目標を置かず、自己の芸術を追求し続けた』
そういう面もあるんじゃないでしょうか。

以前縁があって、田中一村さんと交流があったという数少ない人たちからお話を聞く機会がありました。文献などにも記されていないことも多く、まるでそこに一村さんがいるかのように語ってくださるので、実際に本人と対話しているような気分でした。内容も非常に面白かったのですが、そこで聞いた彼の人物像は『繊細・偏屈・科学的・人が苦手、でも特定の人とはよく話す』。共感する部分も多く、人間的にはかなり『自分より』の方でした。
だからこそ言えることがあります。
「彼に優れた社交性を求めていたら、あの作品たちは生まれていない」と。

基本的に優れた画家は優れた画商がいて成り立つ、という話を読んだことがあります。多少才能があろうが、それを一点に集中させないと歴史に残る唯一無二の芸術は生まれない。田中一村さんが生前に画家として売れるためには、彼個人の社交性ではなく、彼の絵の価値を見抜き、口説き落とす有能な画商が必要だった…とか思うのですが。どうなんでしょうね、一村さん?

人口規模の関係もあり、指揮者・監督・演出家といった類の人材が育ちにくい奄美大島。これは今でも変わらず。優れたものを見抜き、集め、世に送り出す。そんな画商の存在が求められているのかもしれません。
2012/03/07(Wed) | 記事のURL | 奄美屋日記 | コメント(0) | トラックバック(0) | ▲ top
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